待兼山文學会
『風よ 僕らに海の歌を』
(角川春樹事務所、2017年)書評
自分の生まれた町を離れて暮らす人は多い。それが自分の意思か否かは人それぞれだろうが。
本作品では故郷を離れて異郷の地で懸命に生き抜いた人物について、様々な人の視点から語られる。
第二次世界大戦中、日伊の共同任務についていたリンドス号の料理人にジルベルト·アリオッタという男がいた。リンドス号が神戸港に寄港していた時、イタリアが日本より先に無条件降伏をした。一転して敵国となった日本により、祖国へ帰る道を絶たれるアリオッタ。彼はイタリアに残してきた家族が亡くなったと聞き、故郷に帰ることを断念する。代わりに戦後の宝塚で新たな家族とイタリア料理店を開く。
物語の一番の魅力は彼とその息子、そして彼らをとりまく人々の生活が丁寧に描写されている点だろう。与えられた環境で生きざるを得ない登場人物達の葛藤や、一所懸命さが伝わってきて、あたかも実際に生きているかのように感じられる。
自分で自分の人生を全てコントロールすることは不可能である。人生は周りの環境や時代の流れに左右され、時には自分で予想しなかった事態になることもある。理不尽な運命になることもある。そのような中で、どのように生きればよいのだろうか。
この疑問の答え、つまり、人生で大切なことを、この本の中でいきいきと生きる彼らから教えられるかもしれない。
この話は増山さんの、他の二作品と三部作になっているらしい。しかし、この作品単体で読んでも十分楽しめるものとなっている。自分が今何をすればいいかわからないと感じている人や、誰かが懸命に生きる姿を見たい人は、一度読んでみてはいかがだろうか。また、宝塚歌劇が出てきたり、関西弁が話されたりするなど、関西要素がたくさん詰まっている。関西の雰囲気を楽しみたい人にもぜひ読んでみてほしい。
(文学部 一回生 Kさん)