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『勇者たちへの伝言:いつの日か来た道』

(ハルキ文庫、2013年)書評

 阪急ブレーブスの試合を直接観たことがある大学生は自分を含めてもうほとんど存在しないだろう。球団としての阪急が存在したのは1988年、すなわち昭和63年のシーズンまでだからだ。しかし40代、50代以上の大人の中には、かつて球場やテレビでブレーブスを応援していたという人も多いのではないだろうか。

 本書の主人公・工藤正秋は50歳の放送作家である。仕事に疲れたある日、正秋は阪急神戸線の車内で奇妙なアナウンスを聞く。「次は、いつの日か来た道、いつの日か来た道」。その空耳に導かれて、正秋は街を歩きながら、亡き父と西宮球場で野球観戦をした日の思い出を想起しつつ球場へと足を運ぶ。既に解体された球場跡の駐車場でかつての選手たちの守備位置に立って感慨に耽る正秋。帰り際にその意識は、父と来ていた昭和44年の西宮球場にタイムスリップしてしまう。8歳の身体になった正秋は、やがて父から生前は決して話されることのなかったある秘密を聞くことになる—―。

 この物語では昭和40年代の西宮を中心として、当時すれ違った人々の歩んだ人生がそれぞれの視点や立場から描かれている。登場人物は皆が「故郷」を意識しており、それが原因で人生を大きく左右されるのであるが、各人の記憶から昭和の街がノスタルジックに再構築されていく中で、正秋を媒介として本来ならば知り得なかった情報が連鎖的に広がっていく構成は、非常にテンポが良く、すらすらと読み進めるうちにストーリーは力強く進んでいく。父親と西宮球場との間にはどのような秘密があるのか。そしてそのことが正秋に何を与えてくれるのか。「いつの日か来た道」を辿って正秋が見た勇者たちの姿に、昭和という時代のことを思わずには居られなくなる。

 本書は往年の阪急ファンはもちろん、野球に関する知識が無くても楽しめる小説である。時代の中で懸命に生きた人々の壮絶な人生と、郷愁に溢れた不思議な空間を老若男女問わずに体験して欲しい。

(文学部 一回生 Y君)

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